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アムトラック 49列車 「レイクショア・リミテッド」ニューヨーク 15:45 - シカゴ 9:45(第2日)

07:00、扉を叩く音で目を覚ました。昨夜寝付けなかった割には熟睡していたらしく、車掌が時間通りに起こしに来たのだと気がつくまでに時間がかかる。カーテンを少し開けて合図すると、車掌は去って行った。扉の下に朝刊が差し込まれている。
 07:07、オハイオ州トレド着。時刻表では5:55の予定だから一時間以上遅れている。まだ日は出ていないが、だいぶ明るい。向かいの個室のカーテンが開いて、W氏が顔を出した。
 室内で洗面する。下にある便器が洗面台より出っ張っているので十分近づけないし、洗面器も小さいのであたりが水浸しになる。やはり、あまり使いやすい構造ではない。
 07:30ごろ食堂車に行く。スクランブルエッグにベイクトポテト、オレンジジュース。ベーコンかソーセージを追加することもできて、寝台車だから追加料金はかからないはずだが、ただ座っているだけなのに朝から食べ過ぎては太るだけなので止めておく。W氏はやはりよく眠れなかったらしく、一晩中地震の夢を見ていたと言った。

 ひとり旅の老人と相席になって、二言三言会話する。
 「どうして飛行機ではなく列車を使うんですか」
 「飛行機の座席は狭くて嫌いだ」
 シカゴで列車を乗り継いでどこかへ行くと言っていたようだが、私の英語力では良く聞き取れなかった。

 部屋に戻って景色を眺める。少しづつ陽が高くなって、一面の畑を照らし始めている。農作物についての私の知識は暗澹たるもので、見てもトウモロコシしかわからない。濃い緑の葉をつけているのは、小学校の授業で栽培したジャガイモに似ているなと思う。枝豆が束になったようなのは大豆だろうか。列車は100〜120km/hくらいで快走しているので、詳しいところはよく見えない。
 私の個室は進行方向左側なので、右側通行のこの国では対向列車に視界を遮られることになる。コンテナを二段積みにした貨物列車とすれ違う。これがダブルスタックという奴であるかと思う。もっとも、普通の貨車の床上に二段積むわけではなくて、下段は床から下に落し込むようになっている。

 昨日乗り込んだ時、部屋にはミネラルウォーターの小瓶が2本用意されていたのだが、すでに飲み干してしまった。寝台車には給水器があって、おそらく飲用だと思われるのだが、やはりミネラルウォーターがほしい。ボストン編成のラウンジカーまで買いに行くことにする。途中、座席車を4両通り抜ける。座席は半分ぐらい埋まっている。シートは一昔前の飛行機のビジネスクラスといった感じで、深くリクライニングして足元も広いし、悪くはなさそうだ。ちなみに、チケットに記されたニューヨークーシカゴ間の料金は、運賃が88ドル(約7,000円)、寝台料金が384ドル(約30,000円)、合計で472ドル(約37,000円)である。寝台料金には二回の食事代が含まれていることを考えても、ずいぶん差がある。

 線路に沿って、鉄道通信のケーブルが伸びている。木製の柱に木の横木を何本か付けた支柱は昔の日本にもあって、その形から「ハエタタキ」と呼ばれていたそうだが私は見たことがない。その、日本ではとうの昔に絶滅した「ハエタタキ」がずっと並んでいる。ときどき傾いているのもあったりして、現在も使われているのかどうかはわからない。横木の上に並んだ碍子は透明や緑のガラス製で、すでに高くなった朝日にきらきら光っている。


 ふたたび車窓を貨物列車が横切る。機関車が7両も連結されている。さすがに牽引しているのは何両かで、残りは回送されているのだろうと思うが、その後ろには屑鉄を満載した無蓋車の長い列が続き、いかにも重そうだ。
 ときどき畑が途切れて小さな街になる。わずかなメインストリートには石や煉瓦の建物が並んでいるが、民家はほとんど木造だ。アメリカの家には塀がない。なんだか無防備な感じで、自分で住んだら、裏口を斧で打ち破って暴漢が侵入する夢を見そうな気がする。

 09:09、インディアナ州サウス・ベンドに到着。20分遅れ。車掌がタイムゾーンの変更を告げながら廊下を歩いて行く。時計を一時間遅らせる。この駅を出ると終着のシカゴまで停車駅はない。残す行程は84マイルとなったが、まだ2時間近くかかることになっている。

 田園風景の中を、快調に飛ばす。畑には自走式の巨大な散水装置がある。梯子を水平にして何段もつないだような形で、つなぎ目ごとに車輪が付いている。全長は数百メートルあるだろう。異星の昆虫を思わせる形態だ。動力装置が見当たらないので、自走式ではなくてトラクターか何かで牽引するのかもしれない。

 09:41、白銀に塗られた列車とすれ違う。客車と貨車の混成で、車体に「THE GREATEST SHOW ON EARTH」というロゴが描いてあってサーカス列車のように見えるが、現代にそんなものがあるのだろうか。
 09:45、時刻表ではシカゴに到着する時刻だが、田園地帯の真ん中で止まってしまった。大都会が近いとは到底思えない風景なので、駅への進入待ちではないだろう。10分ほどしてやっと動き出したがすぐに止まり、こんどは後退し始めた。このままバックでシカゴに到着かと思うと、再び停止し、今度は前進で何事もなかったかのように走り始めた。


 そのまま30分ほど走ると、ようやく周囲が工業地帯の雰囲気になった。彼方に高層ビルが見え始め、開閉橋をわたり、高架鉄道の下をくぐって、11:11、1時間26分の遅れでシカゴ・ユニオン駅に到着した。ニューヨークと同様の薄暗い地下プラットフォームだが、高さはずっと低い。車掌がデッキの下で荷物を下ろしてくれるので、礼を言って一泊二人分のチップに10ドルを渡す。
 出口は機関車の先なので、荷物を引きずって200メートル以上歩かねばならない。先頭の機関車の前で、乗客たちが代るがわる写真を撮っている。やはり日常的に利用するような列車ではないのだろう。



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アムトラック 49列車 「レイクショア・リミテッド」ニューヨーク 15:45 - シカゴ 9:45(第1日)

Lake Shore Limitedアメリカの鉄道黄金時代、ニューヨークとシカゴの間には、ニューヨーク・セントラル鉄道の「20世紀特急」と、ペンシルベニア鉄道の「ブロードウェイ特急」が覇を競っていた。これから乗る「レイクショア・リミテッド」は、現在は元のペンシルベニア鉄道の駅から発車しているが、シカゴまでかつての「20世紀特急」のルートを走る。

 ペン駅そばのスポーツバーで遅い昼食をとり、ホテルに預けておいた荷物を受け取って駅に着いたのは、発車30分前だった。寝台車の乗客はラウンジで待つことができる。入り口で乗車券をチェックしている待合室があったのでここかと思って中に入ったのだが、そこは一般の待合室だった。それに気づいたのはW氏が本屋へ行くと言ってどこかへ消えてしまった後で、いまさら本物のラウンジへ移動することもできない。

 そうこうするうちに乗車開始の案内放送があり、W氏も戻ってきたので、スーツケースを転がして乗り場へ向かう。プラットフォームはひとつ下の階にあるのだが、エスカレーターが止まっている。エレベーターの前は大荷物を持った乗客であふれていて、一回では乗り切れない。まさか置いて行かれることはないだろうと思うが、気が気ではない。やっとエレベーターの順番が来て下に降り、車掌に案内されて自分の個室に収まったのは、発車10分前だった。乗車券には、個室番号が「06/4911」と印字されている。06は部屋の番号なので、4911は「49列車の11号車」の意味だろうか。といっても、この列車は11両もの編成ではない。

 15:45、定刻に発車。いよいよアムトラックの旅が始まる。暗いプラットフォームがゆっくりと遠ざかっていく。コンコースへの階段は古めかしい鋳鉄製で、ペン駅が改築されて地上部がマディソン・スクエア・ガーデンになる前からの構造物なのだろう。
 列車はマンハッタンの地下をゆっくり進み、ハドソン川をトンネルでくぐる。トンネルを抜けても、上空を覆われた暗闇の中を走る。ときどき明かり取りがあるだけで何も見えず、ニューヨークの街に別れを告げる風情ではない。
 10分ほどしてようやく外へ出た。左の車窓を川が並走する。ハドソン川に違いない。とすると、ペン駅を出てハドソン川をくぐったのではなく、そのままマンハッタンを北上したようだ。となりの線路の脇には第三軌条が見える。近郊電車と路線を共用しているらしい。川幅は広く、湾のようだ。対岸は森で、マンハッタンから20分も走っていないのに人の気配はない。もちろん河岸段丘の上には住宅地があるのだろうが、車窓から見えるのは人跡未踏といった景色である。ところどころ路盤が線路際まで削られているのは、先日のハリケーンの痕跡だろうか。日本であれば路盤を修復するまで運休になるところだ。跨線橋の階段の下がすっかり無くなって、水面の上にぶら下がっている箇所すらあった。


 W氏の個室は通路をはさんだ反対側である。崖ばかりで景色がつまらないと言いながらこちらに顔を出した。しばらく二人で車窓を眺めながら世間話をする。もともと二人用なので狭くはない。
 列車はひたすら川に沿って走る。一時間以上経っても景色に変化はない。ときどき吊り橋や巨大なトラス橋が現れるが、その数は多くない。両岸の交通はあまり便利とはいえないようだ。W氏は昼寝をすると言って部屋に帰って行った。

 個室内にシャワーはないが、トイレは付いている。といっても別室になっているわけではなく、座席(夜はベッドになる)の横の蓋を開けると洋式便器が現れる仕掛けである。通路側の扉をロックし、カーテンを閉めて使ってみる。途中で駅に停まっては困るので窓のカーテンも閉める。いちいち面倒だし、居室で用を足しているような違和感がある。二人で利用する場合はどうするのだろう。たとえ夫婦でも、普通は相手の排泄なんか見たくないし、見られたくもないと思う。使用中は通路に避難するのか。寝台車に共用のトイレはない。個室のを使わないとすると、座席車まで行かなければならない。

 18:16、ニューヨーク州オルバニー・レンセリアに到着。時刻表より9分早い。ここでボストンから来た車両を連結する。しばらく停まるのでプラットフォームに下りる。冷房の効いた車内から出ると蒸し暑い。前方ではニューヨークから牽引してきた機関車が切り離されて側線に入った後、はるか向こうに待機していたボストン編成が後退してきて連結され、客車13両の編成ができあがった。座席車は丸みの強いアムフリート、寝台車は窓が二段のビューライナー、そして食堂車と荷物車はヘリテッジフリートと呼ばれるアムトラックができる前からの古い車両なので、編成として見るとごちゃごちゃして統一感がない。機関車はボストン編成の重連がこのままシカゴまで牽引するようだ。

 (←シカゴ)機関車ー機関車ー荷物車ー寝台車ー座席車ー座席車ーラウンジ車ー座席車ー座席車ー座席車ー座席車ー食堂車ー寝台車ー寝台車ー荷物車

 停車中に日没となって19:06発車。停車時間はたっぷりあったのに、なぜか1分遅れている。しだいに暮れていく景色を眺めているうち20:00になって、予約しておいた食堂車へ行く。4人掛けのテーブルが通路の両側に並んでいて、ほとんど埋まっている。空いていたテーブルに案内されたが、すぐに若いカップルが向かいに座った。もっともこの二人は、しばらくメニューを眺めた後「やっぱり止めた」と言って出て行ってしまった。食べたいものが無かったというより、予算が合わなかったのかもしれない。一番安いパスタでも13.50ドルする。
 テーブルにつくと、まだ注文もしていないのにサラダの皿が出てくる。席に案内する係と注文をとる係は別になっているようで、なかなか注文をとりに来てくれない。テーブルには袋入りのドレッシングが山盛りになった籠がある。袋には似顔絵が書いてあって、ドレッシングの種類ごとに服装が違うのだが人物は同じである。それは良いのだが、顔がジョージ・ブッシュ前大統領に見える。それをかけてサラダを食べていると、ようやく注文の順番が来た。
 我々は寝台車の乗客なので、食事代は料金に含まれている。魚料理はニジマスだというので、それを選ぶ。ワインは白のハーフボトルにする。アルコールは寝台料金に含まれていないので、別に支払う必要がある。皿はプラスチックだったが、ニジマスは悪くなかった。気分が良くなってきて、白ワインの二本目を注文する。ハーフボトルを二人で二本だから、決して飲み過ぎではない。初老のアフリカ系ウエイターははじめのうち無愛想だったが、ワインを追加したあたりから機嫌が良くなった。


 デザートとコーヒーも出て満腹し、会計を済ませ、チップを置いて部屋に戻るとベッドが出来上がっていた。まだ21:30で寝るには早い。W氏がどこからか取り出したワイルドターキーで通路越しに乾杯する。氷とプラスチックのカップは車内の給水器のところに無造作に置いてあって、勝手に取ってくるようになっている。
 窓の外は闇が広がるばかりで人家の灯りも見えない。周囲の個室もみな扉を閉ざして就寝の気配である。それほど飲んではいないはずだけれど、一時間ほどで眠くなって部屋に引っ込んだ。


 01:00少し前に目が覚めた。けっこう速度が出ていてよく揺れる。便器の蓋を上げて用を足す。シートを引き出してベッドが作られているので、昼間より狭くて使いづらい。
 外は月夜である。駅の前後のポイントを減速せずに通過するのか、ときどき大揺れするので目が覚めてしまう。おまけに車輪にフラットがあって、走っている間ずっとケタケタケタケタと騒がしい。ときおり、対向列車が警笛を鳴らしながら窓外をかすめる。映画などで何度も聞いたアメリカの機関車の音色で思い入れはあるのだが、眠ろうとしている耳には騒音に近い。ようやく駅に止まって静かになったと思うと、発電用エンジンだろうか、床下から別の音が聞こえてくる。仕方がないのでヘッドフォンで耳を塞ぎ、音楽で外界を遮断することにした。曲はもちろん、アルバータ・ハンターの「アムトラック・ブルース」。誰か来て助けてよ。あたしの男が行っちゃったよ。80歳を過ぎても艶のある歌声を聴くうちに、ようやく眠りが訪れた。

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アメリカ旅行


 アムトラックの列車で北米大陸を横断してみたい、と永年夢見ていた。
 ヨーロッパ方面には何度も出かけているが、アメリカ合衆国に降り立ったのは飛行機の乗り換えで数回だけだ。もう40代も終盤というのに、人としてそれで良いのかという思いもあった。
 東海岸と西海岸を直接結ぶ列車は走っていない。常識的なルートを取るかぎり、東海岸―シカゴとシカゴ―西海岸に分かれることになる。
 鉄道好きとしてはニューヨークの地下鉄に乗りたいし、シカゴのエル(高架鉄道)も外せない。したがってニューヨーク―シカゴの「レイクショア・リミテッド」に乗車することはほぼ自動的に決まった。問題はシカゴー西海岸をどうするか。
 西海岸へは、シアトル/ポートランド、サンフランシスコ、ロサンゼルスへ列車が走っている。それぞれ景勝区間があって甲乙付けがたいのだが、できればシアトル着発の「エンパイア・ビルダー」に乗りたい。
 小学生のころ、父が買ってきてくれたグラフ雑誌で「エンパイア・ビルダー」の乗車記を読んで以来、ずっと頭の片隅にあった名前だ。記事が書かれた頃はまだアムトラックは存在せず、グレートノーザン鉄道が運行するオレンジと緑色の客車で、屋根の上に展望席をつけた「ドームカー」が連結されていた。今はアムトラックになって、車両も全車二階建てでステンレス車体の「スーパーライナー」に変わったが、是非同じ名前の列車に乗ってみたい。

 旅行には25年来の知己であるW氏と同行することになった。氏はアメリカには何度も行っているので、列車の予約以外は全部やってくれて楽をさせてもらったが、そのかわり寝台車には一度も乗ったことがないという。二泊三日も列車内に監禁されて「もう飽きた。ここで降りて飛行機で行く」などと言い出すのではないかという不安もあるが、まあ、そのときはそのときだ。

 こんなふうにして、足掛け10日、中年男二人組のアメリカ旅行に出かけることになった。といっても、お互い贔屓にしている航空会社のアライアンスが違うので、現地集合、現地解散の旅である。

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Eylem - Hayat Devam Eder

Eylem Kızılはトルコの歌手。1984年ロンドン生まれ。現地ではけっこう有名らしいのだが、日本語の情報は皆無に近い。
例によってemusicで見つけて、今は通勤の途上で毎日聴いている。ハマりつつある感じ。


こんな夢を見た

レストランで食事をしていたら周囲が騒がしくなった。
外に飛び出して振り向くと、さっきまでツインタワーがあった場所には巨大なキノコ雲が二本立ち昇っている。
呆然と見上げているうち、日本にいたときには感じなかった怒りが腹の底から込み上げてきて、気が付けば涙で頬を濡らしながら「奴らを皆殺しにしろ!」と絶叫していた。


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