山手線から日比谷線に乗り換えるため田端で降りた。
ホームを歩きながらふと見ると、線路を親子の猪が歩いている。最近、野生動物が出没して田端動物園などと呼ばれているというのはこれかと思い写真を撮ろうとすると、入ってきた電車の陰になってしまった。土手に駆け登った猪たちの背中が、電車の屋根越しに少しだけ見えている。
屋根が途切れたホームの先の方に鷲が舞い降りてきたので、近づいて写真を撮る。鷲は平然としていて逃げる気配はない。植え込みにはコアラのような可愛いのもいる。
改札に向かう構内に露店が2、3軒出ていて、旨そうな肉の串焼きを売っている。水を打ったコンクリートの匂いがする。
駅を出て、わかりにくい案内表示に従って狭い隙間から通りへ抜ける。古い大きな木造家屋の先は広大な空き地になっていて、その向こうの斜面は一面の墓地に覆われている。よく晴れて、風が強い。あたりには誰もいない。
道を折れて少し行くと地方私鉄めいた古い始発駅があって、ここが日比谷線らしいのだが、石積みのトンネルから出てきた電車は京成だ。改札口で躊躇しているとしつこく話しかけてくる奴がいる。うるさいなと思っているうち目が醒めた。
あの電車に乗って、トンネルの中に入ってみたかった。
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通路から聞こえてくる声で目が覚めた。昨夜騒がしかったグループが起きたらしく、音楽などかけているようだ。時刻はまだ5時を過ぎたあたり。早起きなことだ。空はすっかり白んでいる。
6:00、放送が入る。陽が出てきた。こちらも起きることにする。
ほどなくしてトゥイホアに到着。下車した乗客が反対側の線路を渡って駅舎へ向かっていく。しばらくしてその線路に北行きの列車が進入してきた。こちらと同じような編成だ。
定時に発車して、長大な鉄橋で河を渡る。車内放送が始まった。録音された女性の声が延々と流れるが、もちろん意味はわからない。外は刈り入れの終わった水田が一面に拡がり、水牛が草を喰んでいる。
そのうち景色が山がちになってきて、長いトンネルを抜けたとたん、湾を見下ろす絶景となった。山が直接海に落ち込む急峻な地形で、斜面に張り付くように敷かれた線路を行く。
トイレに行くと妙に便座が高い。日本人にしては長身の私でもつま先しか届かないのだから、たいていのベトナム人には不便に違いない。どうやら、処理装置を設置する際、便器と床の間に無理矢理押し込んだため、このような高さになったように見える。トイレには洗浄用のノズルが付いたホースがある。インドや中近東の「水で処理する」文化圏は、ウォシュレットに慣れた日本人には旅行しやすいと思うのだが、ベトナムもその範囲にあるようだ。
部屋に戻る途中に車内販売のワゴンがいて、フォーのような麺類を売っているが、昨夜のホテルが作ってくれたランチボックスがあるので我慢する。
8:31、ニャチャンに到着。大きな駅で、乗降が多い。プラットフォームは駅舎と反対側にあるのだが、車掌は駅舎に面した扉を開け、みんな隣の線路を渡って乗り降りしている。跨線橋も地下道もないので、こうするしかないのだろう。
この駅もダナン駅と同じく行き止まり式で、列車は進行方向が変わるのだが、機関車を付け替えるのではなく、ループ線と通過することで列車ごと向きを変えるようになっている。バルーンループと呼ばれる方式で、海外の路面電車にはよくあるのだが、普通の鉄道では珍しい。
発車した列車は、駅構内を出ると急な右カーブで市街地を抜ける。線路に建物が迫っていて、窓から顔を出していると危険を感じる。3分ほどでループが終わり、先ほど発車した駅を右手に見て本線に合流した。
空は晴れ、窓から差し込む陽射しが暑い。車窓は思いのほか変化があって、椰子の林を抜けたかと思うと山がちになり、また一面の水田になったりと、見ていて飽きない。水田は、刈り入れ後や、青々と茂ったもの、田植え前で水を張ったものが混在している。日本では見られない光景だ。水牛がいる。山羊、羊、牛も見かける。牛はインドより体格がいい。
10:54、ビンハオという駅に運転停車する。景色が少し乾いた感じになってきた。北行き列車の通過を待って発車。
畑に等間隔でコンクリートの支柱を立て、不思議な作物を栽培している。支柱の頂点から長い無数の葉がだらりと垂れ下がって、異星の植物のようだ。よく見ると、怪物の舌のような葉の先に、赤い実が付いているものがある。あとで調べると、これはドラゴンフルーツの畑なのであった。
車内販売がコーヒーを売りに来たので買ってみる。15,000ドン(約75円)。ホットだがストローが付いている。そして物凄く甘い。
ところでこの寝台車、下段のベッドも座席に転換できない。硬さも寝ているには良いけれど、背もたれがないので長く座っているとお尻が痛くなってくる。
正午を回ったあたりで昼食のワゴンが来たので買う。白飯と鶏の串焼き、ソーセージに野菜炒めで60,000ドン(約300円)。ベトナムの物価からすると高いし、美味しくもないが、とりあえず食べる。
米は日本と同じ粘り気のある短粒種だった。食堂車も連結されているはずだが、列車の最後尾らしく行くのが面倒だ。
次第に空が曇ってきた。遠くの空に稲妻が走る。前方の空に暗雲がかかり、山が霞んでいる。あの雲の下はスコールなのだろう。車窓にはゴム園が目立ってきた。ぱらぱらと雨が落ちてきたが、程なくして止んだ。スコールの直撃は免れたらしい。
眠気に襲われ、しばらくうとうとする。サイゴン駅まであと2時間となった。
トンボがたくさん飛んでいる。車掌がゴミを集めに来る。列車は快走中だが、そろそろダナンから17時間の旅も終盤の雰囲気になってきた。車窓から農村風景が消え、工場や高速道路が目につくようになる。
15:38、最後の停車駅、ディーアンを発車。路面が濡れている。
バラックや廃材置き場、水溜りと殺風景な眺めとなる。踏切に並んだバイクが列車の通過を待っている。ホーチミン市の空港にアプローチする機影が見える。
最後は住宅街を淡々と走り抜け、16:08、定時にサイゴン駅到着。
都市名はホーチミン市に改名されたけれど、駅名は「Ga Sài Gòn」つまりサイゴン駅のままだ。
ダナン以来の各駅とは異なり、ここのプラットフォームは日本や英国のように高い。それでも線路を渡るのは踏切で、先端にあるスロープを降り、機関車の前を横切って駅舎へ向かう。935km、17時間18分の旅が終わった。
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3泊したホイアンのホテルをチェックアウトしたのは20:00ごろ。それまでの3日間一度も降らなかった雨が、そのころになってパラつき始めた。ホテルは築200年の商家を改装したもので旧市街の真ん中にあり、前の道路に車は入れない。シクロ(自転車タクシー)に荷物だけ積んで、徒歩で車まで行く。ホテルが傘を貸してくれたが、幸い小止みになって差さずに済んだ。
交差点で待っていた車に荷物を積み込み、ダナンへ向けて発車したとたん、集中豪雨並みの降りになった。
一昨日ミーソン遺跡へ行ったときと同じドライバーで、ダナン駅まで約50分、さかんに話しかけてくるのだが、訛のひどい英語で半分もわからない。雨は小降りになったり豪雨になったりを繰り返している。
ダナンの市街が近づくと路傍には砂浜が広がり、「列車は何時だ。まだ時間があるな。雨でなかったら車を止めてビーチを見せてやるのに」などと言う。たしかに夜の浜を歩いてみたくもあるが、これから列車で一晩過ごそうというのに、砂まみれになると後が面倒だ。
さいわいダナン駅に着いたときは雨も小降りになっていた。「明日は早起きして空港まで出迎えだ」と言っていたドライバーを見送って駅舎に入る。発車までまだ時間があるので、待合室に人は少ない。世界中どこでも夜の駅は治安が悪いというのが相場だから、用心して駅員のいる窓口に近いベンチに座る。
売店も閉まっていて、今夜はお酒を諦めなければならないかとやや意気消沈していたのだが、しばらくして見に行ったらシャッターが開いていた。列車本数が少ないので、発車時刻が近づかないと営業しないらしい。さっそく冷えたビールやお菓子、それに列車の食事がどうなるかわからないのでカップ麺などを買い込む。
ふたたび雨が激しくなり、待合室の屋根が音を立てるほどの降りになった。ずぶ濡れになった乗客が駆け込んでくる。プラットフォームに屋根はないし、これでは荷物を引きずって自分の車両まで行くあいだに相当濡れるに違いないと不安になる。いつの間にか待合室がほぼいっぱいになっていて、人いきれで蒸し暑い。
22:27、列車の入線と同時にプラットフォームへの扉が開いた。線路を横断して2番線へ渡る。雨は止んだようだ。線路は歩きやすいように石畳で舗装されている。プラットフォームも低く、路面電車の軌道に近い。
列車はダナン駅で進行方向が変わり、私たちの11号車は、機関車、電源車の次に連結されている。ベトナム鉄道のWebサイトによると、この列車の編成は、
・1〜3号車、エアコンなしハード座席車(4人掛けボックスシート)
・7号車、エアコン付きソフト座席車(2人掛け)
・8〜9号車、エアコン付きハード寝台車(3段寝台)
・10〜11号車、エアコン付きソフト寝台車(2段寝台)
となっている。4〜6号車は欠番。
一等、二等ではなく、ソフト、ハードと呼ぶのは共産圏に特有で、階級を否定している関係だと聞いたことがある。中国の鉄道も、在来線は硬座、軟座という名称だが、中国新幹線は一等、二等になっている。
この点、日本の鉄道は呼び方だけでなく制度を変更して「グリーン車」というものを作り、料金体系も変えた。共産圏諸国よりも反階級的なわけで、そういえば1980年代には「日本は世界で最も成功した社会主義国家である」なんて言説があったのを思い出す。バブル経済とその崩壊を経て、誰もそんなことを言わなくなったが。
ちなみに運賃は880,000ドン(約4,400円)。ダナン―ホーチミン市(935km)とほぼ同じ距離を日本の寝台車に乗ると、一番安いB寝台でも総額20,000円以上になる。もっともベトナム鉄道の切符を国外から正規運賃で購入することは困難であって、我々も旅行代理店に頼んだので実際には2倍近く支払ったのだが、それでも日本の半額以下だ。
私たちの11号車は旧共産圏の製造らしく、リブの浮き出た車体が特徴的だ。4人コンパートメントの下段寝台を予約していたのだが、部屋へ行くと上段の客がすでにいた。ヨーロッパ系の若い男二人連れで、彼らもダナンから乗ったらしい。早々にベッドへ上がって本など読んでいる。
そうこうするうち、22:47、定時に発車した。雨に濡れた窓の向こうを、駅舎が後方へ遠ざかる。東南アジアの列車に乗るのは初めてだからわくわくする。これからホーチミン市まで17時間あまり、エアコンの効いた車室でのんびりしていれば良いのだから幸せだ。ホイアンの街歩きは楽しかったが、なにぶん暑すぎた。もう少し涼しい季節(というものがあるならば)に是非再訪したいと思う。
上段の若者に、
「ここで飲んでもいいですか?」
「もちろんどうぞ」
といちおう断ってから、女房と缶ビールで乾杯する。列車は盛んに汽笛を鳴らしながら暗闇の中を走っている。だんだん速度が出てきて、ふわふわと揺れ始めた。
どこかのコンパートメントでゲームか何かやっているらしく、中国語かベトナム語かわからないが、廊下から響いてくる声がうるさい。ドアを閉めても聞こえてくる。
23:30、上段の二人は眠ったようなので、部屋の電気を消す。エアコンが効きすぎて寒いが、そのスイッチは見つからなかった。
0時過ぎ、廊下のスピーカーから女性の音声が流れる。タムキー到着の案内らしい。ベトナムでは深夜でも車内放送をするのだろうか。
時刻表によれば、このあと夜明けまでに2駅停車することになっている。今はまだ起きているから良いけれど、そのたびに起こされるのは嫌だなと思う。ダナン駅の売店で女房がプラスチックカップを買ってくれていたので、ホイアンで飲み残したワインを飲んでベッドにもぐり込む。
列車は快調に走っていて、レールを刻むリズムが心地よい。ただ、2両先が機関車なので、頻繁に鳴らす汽笛が容赦なく響いてくる。いちばん料金の高い車輌なのに、不条理な気がしないでもない。
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