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アムトラック 7列車 「エンパイア・ビルダー」シカゴ 14:15 - シアトル 10:25(第1日)

「エンパイア・ビルダー」は、シカゴと西海岸のシアトル、ポートランドを2泊3日かけて走る列車で、今回の旅行のハイライトである。国内外の夜行列車にはこれまで何度となく乗ってきたけれど、同じ列車に2泊するのは初めての経験だ。
 前にも書いたように、私がこの列車の存在を知ったのは小学生のときに読んだ雑誌だった。記事が冬の旅行だったこともあって掲載された写真には暗い色調が多く、決して華やかな雰囲気ではなかったが、なぜか強く印象に残った。
 アメリカの旅客列車が急速に衰退して、あと数年でアムトラックが発足するという時代背景も影響していたのかもしれないが、70年代まではこのような重苦しい表現が良しとされていた記憶がある。露出オーバーで白飛びした写真みたいな奇妙に明るい映像が氾濫するのは80年代になってからだ。

 ともあれ、これから乗るのは2階建てのスーパーライナー客車を連ねたアムトラック時代の「エンパイア・ビルダー」である。ニューヨークではラウンジを利用する余裕がなかったので、今回は早めに駅へ行くことにして、13:00ごろホテルからタクシーでユニオン駅に向かった。朝から降ったり止んだりしている雨が、また降りだした。
 10分もかからず駅に着いて、さっそくラウンジへ向かう。入り口でチケットを示すと、改札時刻などが記入されたピンク色のカードが渡される。これがラウンジの利用証らしい。
 中は込み合っていて、ほとんどの椅子はふさがっている。丸テーブルがひとつ空いているのを見つけてW氏と共に席を占める。
 ドリンクコーナーがあって、ソフトドリンクが自由に飲めるようになっているが、航空会社のラウンジのような食事や酒類は提供されない。インテリアなども、どこかのサイトに書いてあったとおりで安めのホテルのロビーのようだ。寝台車のチケットが高いといっても、大陸間フライトのビジネスクラスに比べれば数分の一の値段だから、待遇の差は仕方ないのだろう。


 シカゴ・ユニオン駅といえば、グレート・ホールを是非見たい。そこには、映画『アンタッチャブル』で乳母車が転落するシーンが撮影された大階段がある。ラウンジを出てホールへの連絡通路まで行くと、係員が立って入ろうとする人を阻止している。入り口からのぞくとホールの中はなにやら黒い幕が張り巡らされていて、係員によれば映画の撮影中とのことであった。仕方がないのでラウンジに引き返す。

 13:30、「エンパイア・ビルダーのお客様はどうのこうの(よく聞き取れない)」というアナウンスがあって、ラウンジの入口に行列ができ始めたので、荷物を持って並ぶ。しかしこれは、乗客名簿とチケットの照合作業であって、まだ乗車できるわけではなかった。それから15分ほどして「非常口のところに並んでください」というアナウンスがあり、列を作って非常口から出ると、そこはもうプラットフォームで、列車の後尾が向こうに見えていた。

 全二階建てのスーパーライナーはさすがに大きい。高さ4メートルのステンレスの壁となった列車に沿って、自分の車両を探しながら前へ進む。後方はポートランド行きの編成で、私たちの乗るシアトル行きはずっと先の方だ。いっしょにラウンジを出て寝台車へ向かう周囲の乗客は現役を引退した世代の高齢者ばかりだが、皆これから始まる列車旅行への期待で足取りが軽い。
 ポートランド編成の寝台車、座席車、ラウンジ車、シアトル編成の座席車を通り過ぎ、食堂車の前が私達の寝台車であった。スーパーライナーの寝台はほとんどが二階にあるが、ファミリールームと車椅子対応個室、一部のルーメットは一階に配置されている。チケットには部屋番号しか表示されていないため、それが一階の部屋だったらつまらないなと思っていたのだが、さいわい二階であった。車輌の乗降口は一階にあって、低いプラットフォームとほぼ同じ高さのためステップはない。ドア横の広い荷物置き場にスーツケースを収納して、狭い階段を上り自分たちの個室に落ち着いた。W氏の部屋は、レイクショア・リミテッドのときと同じく通路の反対側で、二部屋申し込むと原則としてこのような配置になるらしい。

 寝台車の乗客が乗り終えた頃合いを見計らって、車掌からの車内放送が始まった。寝台車の客にはコーヒーやジュースが無料で提供されるのは「レイクショア・リミテッド」同じだが、「氷をすくうスコップは必ずバケツに戻し、決してアイスボックス内に放置しないでください」とか「三日間の旅行中、一度しか言いませんのでよく聞いてください」とか、なんだかやかましい。
 ウェルカムドリンクにシャンパンを差し上げます、と案内した後も、「飲み終わったグラスを回収するときは部屋のコールボタンを押して呼んでください。廊下を歩いている私にグラスを手渡さないでください」と注意がある。気難しい性格のようだ。


 14:15、列車は定刻に発車した。シアトルまで2,205マイル(3,548km)、46時間10分の旅の始まりだ。
 ゆっくりと、昨日遊覧船に乗った運河に沿って走る。旅立ちに高揚した気分とは裏腹に、外は依然として小雨が降っている。しばらくして車掌がシャンパンの小瓶を配り始めた。車内放送の印象とは違って陽気な人物だ。アフリカ系に見えるが、ラジャという名前からするとインド系なのかもしれない。
 W氏と廊下越しに乾杯する。他の乗客もシャンパンで気分が盛り上がり、車内はにぎやかだ。すっかり観光列車の雰囲気になっている。

 やがて車窓は一面の畑になった。雨はやんで、前方には青空も見えている。1時間ばかり田園地帯を走ると唐突に都会が出現し、15:40、ウィスコンシン州ミルウォーキーに到着した。15分ほど停車するので車外に出る。プラットフォームは古い工場のような鉄骨の屋根に覆われていて、機関車と前方の客車はそこからはみ出して道路の高架下に停まっていて近づけない。荷物車ではフォークリフトを使って積み下ろしをしていた。車輌に戻ろうとしたら同じように降りてきた白髪の老人に写真を撮ってあげるよと言われ、カメラを渡して客車を背景に写してもらう。お返しに「あなたの写真も撮りましょうか」と言ったら、「もっと景色の良い駅で撮ることにするよ」と言われた。たしかに、旅行の記念にするには殺風景な駅である。


 15:55、発車。シャンパンを飲んで昼寝をしていたW氏が起き出してきたので、食堂車と座席車を通り抜けてラウンジカーまで行ってみる。座席車は多種多様な乗客で半分くらい埋まっていて、ヨーロッパ系の高齢者ばかりの寝台車とは対照的だ。みな思い思いに本を読んだりパソコンに向かったり、毛布をかぶって眠っていたりする。
 ラウンジカーに着いてみると、2階の展望席はまだ景勝区間でもないのに満席だった。仕方がないので階下の売店で赤ワインを買って自分たちの車輌に戻ることにする。
 赤ワインを飲みながら車窓を眺める。列車はウィスコンシン州を坦々と走っている。トウモロコシ畑、雑木林、ときどき人家、ときどき馬。空はすっかり晴れて、雲が点々と浮かんでいる。出発時の興奮も醒めて、他の個室も静かになった。


 17:50、ウィスコンシンデルズ着。西部劇に出てくるような書体の看板がある。駅を出るとすぐに、深い淵を渡る。平坦な地形なのだが、川の両岸は落ち込んだような崖になっていて渓流のようだ。陽がだいぶ傾いてきて眠くなり、少しうとうとする。


 18:30、ウィスコンシン州トマを定発。隣の食堂車でテーブルの空くのを待つ行列が、個室の横まで伸びてきた。今さら扉を閉めるのもなんだか気まずいし、ちょっと居心地が良くない。


 雲の縁を染めて陽が落ちていく。19:13、日没。車内が冷えてきた。
 我々の夕食は最終回の20:30に予約してあるのでまだ時間がある。今のうちにシャワーを浴びることにする。寝台車の共用シャワーは各車両の階下に1ヶ所ずつあって、個室内にシャワーのないルーメットの乗客はそれを使うことになる。脱衣所とシャワー室がそれぞれ1メートル四方くらい。広くはないが、不自由なほど狭いわけでもない。列車内のシャワーは、ずいぶん昔、ブルートレインの「あさかぜ」で使ったことがあるけれど、海外では初めてである。以前、妻と乗ったスペインの寝台車には、個室内にシャワーが付いていたのだが、ちょうど風邪を引いてしまって浴びるどころではなかったのだ。
 バスタオルは脱衣所にたくさん用意してある。ガイドブックなどには紙製の足ふきマットがあると書いてあったが、そんなものはどこにもない。仕方ないのでバスタオルをもう一枚使って床に敷く。石鹸もたくさん用意されていて、「使い終わった石鹸はここに捨ててください」と注意書きがある。自宅やホテルの感覚でシャワー室に残していく乗客が多いのかもしれない。
 シャワーは湯量豊富というわけにはいかないが、なんとかなる量である。ボタンを押すと湯が出て、しばらくすると自動的に止まるがまたボタンを押せば良い。「あさかぜ」のシャワーは3分間しか湯が出ない仕組みで、使っていると残り時間の表示がどんどん減っていくので急かされているような気分になったものだが、こちらはそのようなことはない。
 
 20:23、ミネソタ州に入って最初の駅、ウィノナを33分遅れて発車する。シカゴからの距離は308マイル(493km)で、全行程の15%にも満たない。この調子で遅れていくとシアトル着は数時間の遅れとなりそうだが、どこかで取り返すのだろうか。

 20:30、時間になったので食堂車へ行く。
 魚料理はナマズだという。ナマズは食べたことがない。食事に関しては保守的な人間なのでビーフステーキにする。この列車では陶器の皿を使っていて味も悪くはないのだが、夕食の最終回なので、早く客を追い出して仕事を終わりにしたいという雰囲気が伝わってきて落ち着かない。ウェイターはずんぐりした体型で縮れ毛で、フランス映画に出てくる下町のカフェの店主みたいな男だ。飲み残した赤ワインのボトルを持って部屋に引き上げる。


 あらためて飲み直しというところだが、ハーフボトルの飲み残しなど、二人で一杯ずつしかない。たちまち空になり、酒を求めてラウンジカーへ出かけることにした。夜で景色も見えないし閑散としているかと思ったらほとんどの席がふさがっている。階下でウィスキー(カナディアンクラブ)のミニボトルを買い、空席を見つけて座る。
 ラウンジカーの窓は他の車輌より天地が大きく、景色が見やすいように窓に向かって座席が配置されているのだが、夜なのでガラスに映る自分たちの姿しか見えない。人家の灯りもない。長居をしても面白くないので22:30ごろ部屋に戻り、寝てしまった。


 02:45、目を覚ます。部屋が暑いので空調を入れる。ズボンと靴を履いてトイレに行き、帰りにミネラルウォーターとクランベリージュースを持ってくる。物凄く肥大した男が一人、同じように起き出していて、廊下で挨拶された。
 個室の灯りを消してカーテンを開けると、外は月光に照らされて明るい。窓ガラスに顔を近づけて、よく見れば空は満天の星。

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