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アムトラック 49列車 「レイクショア・リミテッド」ニューヨーク 15:45 - シカゴ 9:45(第1日)

Lake Shore Limitedアメリカの鉄道黄金時代、ニューヨークとシカゴの間には、ニューヨーク・セントラル鉄道の「20世紀特急」と、ペンシルベニア鉄道の「ブロードウェイ特急」が覇を競っていた。これから乗る「レイクショア・リミテッド」は、現在は元のペンシルベニア鉄道の駅から発車しているが、シカゴまでかつての「20世紀特急」のルートを走る。

 ペン駅そばのスポーツバーで遅い昼食をとり、ホテルに預けておいた荷物を受け取って駅に着いたのは、発車30分前だった。寝台車の乗客はラウンジで待つことができる。入り口で乗車券をチェックしている待合室があったのでここかと思って中に入ったのだが、そこは一般の待合室だった。それに気づいたのはW氏が本屋へ行くと言ってどこかへ消えてしまった後で、いまさら本物のラウンジへ移動することもできない。

 そうこうするうちに乗車開始の案内放送があり、W氏も戻ってきたので、スーツケースを転がして乗り場へ向かう。プラットフォームはひとつ下の階にあるのだが、エスカレーターが止まっている。エレベーターの前は大荷物を持った乗客であふれていて、一回では乗り切れない。まさか置いて行かれることはないだろうと思うが、気が気ではない。やっとエレベーターの順番が来て下に降り、車掌に案内されて自分の個室に収まったのは、発車10分前だった。乗車券には、個室番号が「06/4911」と印字されている。06は部屋の番号なので、4911は「49列車の11号車」の意味だろうか。といっても、この列車は11両もの編成ではない。

 15:45、定刻に発車。いよいよアムトラックの旅が始まる。暗いプラットフォームがゆっくりと遠ざかっていく。コンコースへの階段は古めかしい鋳鉄製で、ペン駅が改築されて地上部がマディソン・スクエア・ガーデンになる前からの構造物なのだろう。
 列車はマンハッタンの地下をゆっくり進み、ハドソン川をトンネルでくぐる。トンネルを抜けても、上空を覆われた暗闇の中を走る。ときどき明かり取りがあるだけで何も見えず、ニューヨークの街に別れを告げる風情ではない。
 10分ほどしてようやく外へ出た。左の車窓を川が並走する。ハドソン川に違いない。とすると、ペン駅を出てハドソン川をくぐったのではなく、そのままマンハッタンを北上したようだ。となりの線路の脇には第三軌条が見える。近郊電車と路線を共用しているらしい。川幅は広く、湾のようだ。対岸は森で、マンハッタンから20分も走っていないのに人の気配はない。もちろん河岸段丘の上には住宅地があるのだろうが、車窓から見えるのは人跡未踏といった景色である。ところどころ路盤が線路際まで削られているのは、先日のハリケーンの痕跡だろうか。日本であれば路盤を修復するまで運休になるところだ。跨線橋の階段の下がすっかり無くなって、水面の上にぶら下がっている箇所すらあった。


 W氏の個室は通路をはさんだ反対側である。崖ばかりで景色がつまらないと言いながらこちらに顔を出した。しばらく二人で車窓を眺めながら世間話をする。もともと二人用なので狭くはない。
 列車はひたすら川に沿って走る。一時間以上経っても景色に変化はない。ときどき吊り橋や巨大なトラス橋が現れるが、その数は多くない。両岸の交通はあまり便利とはいえないようだ。W氏は昼寝をすると言って部屋に帰って行った。

 個室内にシャワーはないが、トイレは付いている。といっても別室になっているわけではなく、座席(夜はベッドになる)の横の蓋を開けると洋式便器が現れる仕掛けである。通路側の扉をロックし、カーテンを閉めて使ってみる。途中で駅に停まっては困るので窓のカーテンも閉める。いちいち面倒だし、居室で用を足しているような違和感がある。二人で利用する場合はどうするのだろう。たとえ夫婦でも、普通は相手の排泄なんか見たくないし、見られたくもないと思う。使用中は通路に避難するのか。寝台車に共用のトイレはない。個室のを使わないとすると、座席車まで行かなければならない。

 18:16、ニューヨーク州オルバニー・レンセリアに到着。時刻表より9分早い。ここでボストンから来た車両を連結する。しばらく停まるのでプラットフォームに下りる。冷房の効いた車内から出ると蒸し暑い。前方ではニューヨークから牽引してきた機関車が切り離されて側線に入った後、はるか向こうに待機していたボストン編成が後退してきて連結され、客車13両の編成ができあがった。座席車は丸みの強いアムフリート、寝台車は窓が二段のビューライナー、そして食堂車と荷物車はヘリテッジフリートと呼ばれるアムトラックができる前からの古い車両なので、編成として見るとごちゃごちゃして統一感がない。機関車はボストン編成の重連がこのままシカゴまで牽引するようだ。

 (←シカゴ)機関車ー機関車ー荷物車ー寝台車ー座席車ー座席車ーラウンジ車ー座席車ー座席車ー座席車ー座席車ー食堂車ー寝台車ー寝台車ー荷物車

 停車中に日没となって19:06発車。停車時間はたっぷりあったのに、なぜか1分遅れている。しだいに暮れていく景色を眺めているうち20:00になって、予約しておいた食堂車へ行く。4人掛けのテーブルが通路の両側に並んでいて、ほとんど埋まっている。空いていたテーブルに案内されたが、すぐに若いカップルが向かいに座った。もっともこの二人は、しばらくメニューを眺めた後「やっぱり止めた」と言って出て行ってしまった。食べたいものが無かったというより、予算が合わなかったのかもしれない。一番安いパスタでも13.50ドルする。
 テーブルにつくと、まだ注文もしていないのにサラダの皿が出てくる。席に案内する係と注文をとる係は別になっているようで、なかなか注文をとりに来てくれない。テーブルには袋入りのドレッシングが山盛りになった籠がある。袋には似顔絵が書いてあって、ドレッシングの種類ごとに服装が違うのだが人物は同じである。それは良いのだが、顔がジョージ・ブッシュ前大統領に見える。それをかけてサラダを食べていると、ようやく注文の順番が来た。
 我々は寝台車の乗客なので、食事代は料金に含まれている。魚料理はニジマスだというので、それを選ぶ。ワインは白のハーフボトルにする。アルコールは寝台料金に含まれていないので、別に支払う必要がある。皿はプラスチックだったが、ニジマスは悪くなかった。気分が良くなってきて、白ワインの二本目を注文する。ハーフボトルを二人で二本だから、決して飲み過ぎではない。初老のアフリカ系ウエイターははじめのうち無愛想だったが、ワインを追加したあたりから機嫌が良くなった。


 デザートとコーヒーも出て満腹し、会計を済ませ、チップを置いて部屋に戻るとベッドが出来上がっていた。まだ21:30で寝るには早い。W氏がどこからか取り出したワイルドターキーで通路越しに乾杯する。氷とプラスチックのカップは車内の給水器のところに無造作に置いてあって、勝手に取ってくるようになっている。
 窓の外は闇が広がるばかりで人家の灯りも見えない。周囲の個室もみな扉を閉ざして就寝の気配である。それほど飲んではいないはずだけれど、一時間ほどで眠くなって部屋に引っ込んだ。


 01:00少し前に目が覚めた。けっこう速度が出ていてよく揺れる。便器の蓋を上げて用を足す。シートを引き出してベッドが作られているので、昼間より狭くて使いづらい。
 外は月夜である。駅の前後のポイントを減速せずに通過するのか、ときどき大揺れするので目が覚めてしまう。おまけに車輪にフラットがあって、走っている間ずっとケタケタケタケタと騒がしい。ときおり、対向列車が警笛を鳴らしながら窓外をかすめる。映画などで何度も聞いたアメリカの機関車の音色で思い入れはあるのだが、眠ろうとしている耳には騒音に近い。ようやく駅に止まって静かになったと思うと、発電用エンジンだろうか、床下から別の音が聞こえてくる。仕方がないのでヘッドフォンで耳を塞ぎ、音楽で外界を遮断することにした。曲はもちろん、アルバータ・ハンターの「アムトラック・ブルース」。誰か来て助けてよ。あたしの男が行っちゃったよ。80歳を過ぎても艶のある歌声を聴くうちに、ようやく眠りが訪れた。

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