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1981年3月 北海道旅行


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 1981年3月、高校卒業の春に初めて北海道を旅行したときの記録。ほとんど30年前の旅の記憶を、わずかな写真とノートをたよりに呼び戻してみた。
 近年の旅行と比較して最大の相違は写真の量と機能で、デジタルカメラと違って撮影日時が記録されているわけではないので、いつ、どこで撮影したのかは、駅名標や時計が写っていない限り、推測するしかない。
 旅行には当時の定番であった「北海道ワイド周遊券」を利用した、学割に加え、冬期は二割引となり、この旅行の当時は18,880円だったと記録にある。

旅程(青字:現在は廃止された路線/航路)

第1日 1981.03.07
 上野(21:13)―801レ 急行「鳥海」―

第2日 1981.03.08
 ―801レ 急行「鳥海」―(8:17)秋田(9:08)―405レ 急行「津軽3号」―(11:35)弘前(12:54)―631レ―(13:51)青森(14:55)―青函連絡船23便―(18:45)函館(23:51)―41レ―
 
第3日 1981.03.09
 ―41レ―(6:52)札幌(8:20)―801M 急行「かむい1号」―(10:32)旭川(11:54)―531レ―(19:25)網走(21:09)―518レ 急行「大雪8号」―

第4日 1981.03.10
 ―518レ 急行「大雪8号」―(4:12)深川(6:25)―921D―(8:50)朱鞠内(9:46)―943D―(10:45)名寄(10:48)―625D―(12:29)興部(13:15)―825D―(13:45)雄武(14:30)―宗谷バス―(15:45)北見枝幸(16:12)―928D―(16:56)浜頓別(17:12)―727D―(19:31)稚内(21:00)―318レ 急行「利尻」―

第5日 1981.03.11
 ―318レ 急行「利尻」―(6:00)札幌(7:35)―702D 急行「えりも2号」―(11:31)様似(11:55)―国鉄バス―(13:20)庶野(13:32)―国鉄バス―(14:24)広尾(15:33)―828D―(17:27)帯広(17:36)―406D 急行「狩勝6号」―(??:??)美唄(??:??)―844レ―(??:??)岩見沢(22:14)―317レ 急行「利尻」―

第6日 1981.03.12
 ―317レ 急行「利尻」―(6:22)稚内(9:32)―324レ―(16:39)旭川(17:47)―146D―(18:46)滝川(19:10)―842レ―(21:12)札幌(21:34)―48レ―
 
第7日 1981.03.13
 ―48レ―(5:01)函館(6:20)―121レ―(12:54)倶知安(13:18)―828D―(15:46)伊達紋別(15:52)―245レ―(16:22)東室蘭(16:44)―255D―(19:31)札幌(22:15)―517レ 急行「大雪7号」―
 
第8日 1981.03.14
 ―517レ 急行「大雪7号」―(4:13)遠軽(6:00)―624D―(6:24)中湧別(7:10)―624D―(7:18)湧別(7:23)―923D―(10:03)網走(10:56)―625D―(13:50)標茶(15:30)―329D―(17:15)根室標津(17:28)―332D―(19:26)標茶(19:41)―601D 急行「大雪1号」―(20:32)釧路(21:30)―418レ 急行「狩勝8号」―

第9日 1981.03.15
 ―418レ 急行「狩勝8号」―(4:48)滝川(5:32)―421レ―(14:34)釧路(14:42)―269D―(15:43)厚岸(16:20)―413D 急行「ノサップ3号」―(17:52)根室(18:52)―414D 急行「ノサップ4号」―(21:15)釧路(21:30)―418レ 急行「狩勝8号」―
 
第10日 1981.03.16
 ―418レ 急行「狩勝8号」―(5:43)岩見沢(6:11)―222レ―(7:40)苫小牧(8:06)―252M―(9:46)室蘭(11:11)―227レ―(11:27)東室蘭(11:54)―24D 特急「北斗4号」―(14:41)函館(15:05)―青函連絡船8便―(18:55)青森(19:52)―204レ 急行「十和田4号」―
 
第11日 1981.03.17
 ―204レ 急行「十和田4号」―(7:24)上野


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801レ 急行「鳥海」 上野21:13 - 秋田08:17


 ホームのアナウンスが「ドアは自動ではありません」と繰り返している。古色蒼然とした車輌を連ね推進運転で入線してきた列車が、ブレーキの鈍い軋みを残して静止した。真鍮のドアノブを回して乗り込むと、暖房にあたためられた古いペイントの匂いが車内を満たしている。
 ワイド周遊券で北海道へ行こうとすれば、夜行急行に乗るのは必然となる。それでも青森まで直行する「八甲田」や「十和田」ではなく秋田行きの「鳥海」を選んだのは、ひとえに旧型客車に乗りたかったからに他ならない。
 座席に荷物を置いて列車の先頭へ行き、今夜の牽引機を確認する。
Pict0002_1981.03.07_上野.jpg
 隣のホームから、これも旧型客車の福井行き「越前」が発車していくのを眺めるうち、やがてこちらも発車時刻となった。
 車内はボックスシートがほとんど埋まり、60%くらいの乗車率。前から二両目なので、ほどなく車掌が車内改札に現れた。前のボックスに乗っていた男女3人組が車掌ともめている。「急行料金を持っていない」というのは本当らしく、車掌も苦笑して許すしかない。もっとも、しばらくして有り金をかき集めたらしい女の子が車掌を追って通路を走っていったから、本当に急行料金が必要だと知らなかったようだ。頻繁に走る近郊電車に比べて明らかに古めかしい車輌だから、知らなければそう考えても無理はないような気がする。
 走り出してわかったことだが、この車輌の車輪にはタイヤフラットがある。急制動で車輪が静止したままレール上を滑走すると、円形であるべきタイヤの一部が削られて平面になってしまう現象で、制動力の強い近代的な車輌に特有の現象かと思っていたが、このような古いブレーキシステムの車輌でも発生するらしい。
 車輪が一回転するたびに鈍い音がして不快だが、いまさら他の車輌に空席を探すのも面倒だし我慢するしかない。

 高崎では機関車が交替する。新たに先頭に立つのは同じEF58で、所属する機関区も同じ高崎第二。上野からの機関車がずっと牽引するのかと思ったが、運用の都合があるのだろう。
Pict0003_1981.03.07_高崎.jpg
 駅弁を買う。「鳥めし」600円。
 高崎22:51発。定刻。

 「鳥めし」を食べ終えてうとうとしていると水上に着いた。線路際には雪が残っている。ここからの勾配にそなえて先頭に補機EF64が連結される。外は雨まじりの雪が降っている。
Pict0004_1981.03.07_水上.jpg
 水上23:50発。3分延。
 二台の機関車にはそれぞれ機関士が乗っていて、汽笛の合図でタイミングをあわせて運転する。トンネルの中に二台が呼応する汽笛が響く。「ピーッ、ピッ、ピッ(惰行開始)」「ファーッ、ファッ、ファッ(惰行開始、了解)」
 清水トンネルを抜けると一面の雪になった。1メートル以上積もっていて、雪明かりがぼんやりと闇を照らしている。「夜の底が白くなった。」とはこのことかと実感する。0:27、石打に運転停車してEF64を切り離す。
 車内は暖房が効いて空気が乾燥している。

 新津到着で目を覚ました。暖房が効きすぎて暑い。ここで機関車が交直両用型のEF81に交替する。隣の線路に上り「日本海」が入ってくる。
Pict0005_1981.03.08_新津.jpg
 新津2:50発。定刻。

 鶴岡発車で目が覚めたので3時間ほど眠ったようだ。少しずつ明るくなっていく窓外は一面の雪だ。鶴岡と酒田でだいぶ下車があり、空になったボックスが目立つようになった。列車は雪煙を巻き上げて快走している。
Pict0007_1981.03.08.jpg
 吹浦ではスキーを担いだ10人ぐらいのグループが下車した。雲が朝日に輝いている。最後の停車駅となる羽後本荘を出ると、この車輌に残る乗客は5〜6人になった。
 羽後亀田に運転停車して上り「白鳥」と交換。7:50発車。「9分遅れ」との放送が入る。
Pict0008_1981.03.08_羽後亀田.jpg

 8:27、秋田着。10分延。上野から11時間あまりの旅が終わった。空は再びどんよりと曇り、雪が舞い始めている。
Pict0009_1981.03.08_秋田.jpg

[本日の編成]
EF81 41 酒 (新津→)
EF64 1008 (水上→石打)
EF58 134 高二 (高崎→新津)
EF58 87 高二 (上野→高崎)
スハフ42 2249 秋アキ
オハ46 2004 秋アキ ★
オハ46 2005 秋アキ
オハ47 2292 秋アキ
スハ43 2304 秋アキ
オハ46 2001 秋アキ
スロ62 2052 秋アキ
オロネ10 2077 秋アキ
スハネ16 2175 秋アキ
オハネフ12 2060 秋アキ
マニ36 2068 秋アキ

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405レ 急行「津軽3号」 秋田09:08 - 弘前11:35


 「津軽3号」の到着を待つ間に、秋田駅のホームで「たまごソバ」を食べる。舞い落ちる雪が激しくなってきた。

 空気バネ台車の12系の乗り心地は、一夜を過ごしたオハ46よりたしかに良い。外はただ白一色の世界がひろがっている。
 鷹ノ巣、大館と進むうちに晴れてきて、雪の反射が目に眩しい。
 この列車は青森行きだから終点まで乗っていてもいいし、普通はそうするのだろうが、青森で連絡線への乗り継ぎ時間が余る。この列車の主要な目的は秋田以南の奥羽本線と首都圏を結ぶことで、北海道連絡のことは考えていない。
 せっかく時間があるので、弘前からは普通列車に乗り換えて青森まで行く。北東北はいまだに旧型客車の宝庫だが、いつまで残るかわからない。乗れるうちに乗っておきたい。

 その弘前に11:46着。11分延。側線に留置された列車に、茶色のスハ43が連結されていた。
Pict0013_1981.03.08_弘前.jpg

[乗車車輌]
オハ12 374

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631レ 弘前12:54 - 青森13:51


 陽が出ているのだが、雪も舞っている。弘前ではほぼ定員の乗客が、浪岡では半分以上降りた。
 窓外は一面の雪原で照り返しが眩しい。
Pict0014_1981.03.08_青森.jpg

[本日の編成]
ED75 705 秋
スハフ42 2190 秋アキ
スハ43 2019 秋アキ
オハ46 2661 秋アキ
スハ43 2071 秋アキ
スハフ42 2059 秋アキ

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青函連絡船23便 青森14:55 - 函館18:45


 青森での待ち時間にヤキソバを食べる。180円。北海道は初めての土地で、青函連絡船に乗るのも当然初めてだ。函館まで113km、3時間50分の航路である。乗船名簿に記入して「八甲田丸」に乗り込む。普通船室は30%くらいの乗り。
 14:50、船内のスピーカーから銅鑼の音が流れる。録音なのか、どこかで本物の銅鑼を鳴らしているのかはわからない。
 14:55、「蛍の光」が流れる中を出港する。津軽海峡はやや時化ているとアナウンスが入る。空腹で揺られるのは嫌なので今のうちに何か食べておこうと、船内の売店で「あらまき弁当」600円を買ってきて食べる。

 16:40、目を覚ました。弁当を食べ終わってほどなく眠ったようだ。
 たしかにうねりがあるようで、スローモーションの地震のように揺れている。再び眠る。

 18:45、函館着。定刻。
 乗り継ぎの札幌行きまでは5時間以上あるので、駅を出て町を歩く。さすがに寒い。市電で函館山の下まで行ってみるが、ロープウェイはすでに終わっていた。夜景はあきらめるしかない。
 電停まで戻る道は下り坂でしかも歩道が凍結している。足元が危ない。

 することがないので駅の待合室でただ待っていると、未知の土地への不安がかすかに涌いてくる。これほど長い一人旅は初めてだし、三月とはいえ厳冬の地に自分が堪えられるのかわからない。

 構内の日本食堂でスパゲッティを食べる。480円。どうも朝から麺類ばかり食べている。

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