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阿佐ヶ谷川の流路

阿佐ヶ谷川の流路について、サイトの記述が間違っていた。

1963年に撮影された航空写真によると、中央線と一番街を横切る地点は、もっと西の駅に近い辺りだったようだ。

早いところ写真を撮りに行ってサイトを更新しなければ。

 


より大きな地図で 阿佐ヶ谷川 を表示

JUGEMテーマ:暗渠・川跡

桃園川 高円寺北四丁目支流(仮)

サイトでは「桃園川 高円寺北三丁目西支流(仮)」として紹介している短い支流。蓋暗渠が唐突に途切れ上流端が不明だったが、昭和38年の航空写真を見て意外な方向へ伸びていたことがわかった。
より大きな地図で 桃園川 高円寺北四丁目支流(仮) を表示

これは「高円寺北四丁目支流(仮)」と改名すべきか、考え中。仮名として上流端の地名を使うのはあまり賢明とは言えないようだ。


高円寺北3-6。蓋暗渠の起点から、南西方向に伸びていたようだ。前方の白いマンションの左側はかなり低くなっていて、それらしい雰囲気。


高円寺北4-13。北西を向いた流路は、この先で北へ折れる。


高円寺北4-17まで北上して、馬橋小学校南側の道路に達する。


航空写真で開渠が確認できるのはここまでだが、道はまっすぐ続いている。これも流路なのだろうか。(上の地図で緑の線)


そのまま北上すると、高円寺北4-33で行き止まりとなる。


……ように見えるが、屈曲した路地が続いている。この先はもう、道路計画地に住宅が密集する例のベルト地帯。

ここから阿佐ヶ谷駅北口方面に南下する途中で見つけたのが、ちょっと気になる路地。

より大きな地図で 阿佐谷北5-18の路地 を表示





桃園川北側流路に達する水路を想定できそうな気もする。でもちょっと標高が高いかな。

さらに南下して、暗渠さんぽで紹介されていた、阿佐谷北1-21の古い民家が撤去された現場を見る。

流路に覆い被さっていた建物がなくなって、細い蓋暗渠を見通すことができる。

このあと、阿佐ヶ谷川の「正しい」本流跡を見る。それについては別項で。

JUGEMテーマ:暗渠・川跡

阿佐ヶ谷川の流路

以前の記事で訂正した阿佐ヶ谷川・一番街付近の流路をようやく訪ねることができた。

20101120_41.jpg
阿佐谷北1-3-14付近。右からは阿佐谷北1-21流路が合流している。

20101120_42.jpg
阿佐谷北1-3-11付近。中央線の高架に沿って西へ向かう。昭和38年の航空写真を見ると、川筋と線路敷きの間に一列の家並みがあったことがわかるが、高架複々線化による鉄道用地の拡大で、現在は自転車置き場くらいしかない。

この付近に昔からある私設植物園のような庭に、面白い掲示があった。(クリックで拡大表示)




「杉並区史跡散歩地図」などに使われている地図を拡大して独自の情報を追加したもので、大変参考になるのだが、この「植物園」の所有者は暗渠川跡の趣味もあるのだろうか。

20101120_43.jpg
さらに西へ進む。この画面のあたりで、流路が中央線と交差していたはずなのだが、その痕跡はまったく見ることができない。

20101120_44.jpg
高架の南側に出て、流路が一番街と交差する地点を探す。
航空写真と照合すると、阿佐谷南2-17-5の旧「小川屋豆腐店」脇を流れていたらしい。

20101120_45.jpg
上流側を見る。両側とも、他の場所に比べて建物の隙間が広いことぐらいしか、川の名残を見つけることはできない。

20101120_46.jpg
一番街を越えた流路は、阿佐谷南2-16-4付近でパールセンターと交差する。


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