通路から聞こえてくる声で目が覚めた。昨夜騒がしかったグループが起きたらしく、音楽などかけているようだ。時刻はまだ5時を過ぎたあたり。早起きなことだ。空はすっかり白んでいる。
6:00、放送が入る。陽が出てきた。こちらも起きることにする。
ほどなくしてトゥイホアに到着。下車した乗客が反対側の線路を渡って駅舎へ向かっていく。しばらくしてその線路に北行きの列車が進入してきた。こちらと同じような編成だ。
定時に発車して、長大な鉄橋で河を渡る。車内放送が始まった。録音された女性の声が延々と流れるが、もちろん意味はわからない。外は刈り入れの終わった水田が一面に拡がり、水牛が草を喰んでいる。
そのうち景色が山がちになってきて、長いトンネルを抜けたとたん、湾を見下ろす絶景となった。山が直接海に落ち込む急峻な地形で、斜面に張り付くように敷かれた線路を行く。
トイレに行くと妙に便座が高い。日本人にしては長身の私でもつま先しか届かないのだから、たいていのベトナム人には不便に違いない。どうやら、処理装置を設置する際、便器と床の間に無理矢理押し込んだため、このような高さになったように見える。トイレには洗浄用のノズルが付いたホースがある。インドや中近東の「水で処理する」文化圏は、ウォシュレットに慣れた日本人には旅行しやすいと思うのだが、ベトナムもその範囲にあるようだ。
部屋に戻る途中に車内販売のワゴンがいて、フォーのような麺類を売っているが、昨夜のホテルが作ってくれたランチボックスがあるので我慢する。
8:31、ニャチャンに到着。大きな駅で、乗降が多い。プラットフォームは駅舎と反対側にあるのだが、車掌は駅舎に面した扉を開け、みんな隣の線路を渡って乗り降りしている。跨線橋も地下道もないので、こうするしかないのだろう。
この駅もダナン駅と同じく行き止まり式で、列車は進行方向が変わるのだが、機関車を付け替えるのではなく、ループ線と通過することで列車ごと向きを変えるようになっている。バルーンループと呼ばれる方式で、海外の路面電車にはよくあるのだが、普通の鉄道では珍しい。
発車した列車は、駅構内を出ると急な右カーブで市街地を抜ける。線路に建物が迫っていて、窓から顔を出していると危険を感じる。3分ほどでループが終わり、先ほど発車した駅を右手に見て本線に合流した。
空は晴れ、窓から差し込む陽射しが暑い。車窓は思いのほか変化があって、椰子の林を抜けたかと思うと山がちになり、また一面の水田になったりと、見ていて飽きない。水田は、刈り入れ後や、青々と茂ったもの、田植え前で水を張ったものが混在している。日本では見られない光景だ。水牛がいる。山羊、羊、牛も見かける。牛はインドより体格がいい。
10:54、ビンハオという駅に運転停車する。景色が少し乾いた感じになってきた。北行き列車の通過を待って発車。
畑に等間隔でコンクリートの支柱を立て、不思議な作物を栽培している。支柱の頂点から長い無数の葉がだらりと垂れ下がって、異星の植物のようだ。よく見ると、怪物の舌のような葉の先に、赤い実が付いているものがある。あとで調べると、これはドラゴンフルーツの畑なのであった。
車内販売がコーヒーを売りに来たので買ってみる。15,000ドン(約75円)。ホットだがストローが付いている。そして物凄く甘い。
ところでこの寝台車、下段のベッドも座席に転換できない。硬さも寝ているには良いけれど、背もたれがないので長く座っているとお尻が痛くなってくる。
正午を回ったあたりで昼食のワゴンが来たので買う。白飯と鶏の串焼き、ソーセージに野菜炒めで60,000ドン(約300円)。ベトナムの物価からすると高いし、美味しくもないが、とりあえず食べる。
米は日本と同じ粘り気のある短粒種だった。食堂車も連結されているはずだが、列車の最後尾らしく行くのが面倒だ。
次第に空が曇ってきた。遠くの空に稲妻が走る。前方の空に暗雲がかかり、山が霞んでいる。あの雲の下はスコールなのだろう。車窓にはゴム園が目立ってきた。ぱらぱらと雨が落ちてきたが、程なくして止んだ。スコールの直撃は免れたらしい。
眠気に襲われ、しばらくうとうとする。サイゴン駅まであと2時間となった。
トンボがたくさん飛んでいる。車掌がゴミを集めに来る。列車は快走中だが、そろそろダナンから17時間の旅も終盤の雰囲気になってきた。車窓から農村風景が消え、工場や高速道路が目につくようになる。
15:38、最後の停車駅、ディーアンを発車。路面が濡れている。
バラックや廃材置き場、水溜りと殺風景な眺めとなる。踏切に並んだバイクが列車の通過を待っている。ホーチミン市の空港にアプローチする機影が見える。
最後は住宅街を淡々と走り抜け、16:08、定時にサイゴン駅到着。
都市名はホーチミン市に改名されたけれど、駅名は「Ga Sài Gòn」つまりサイゴン駅のままだ。
ダナン以来の各駅とは異なり、ここのプラットフォームは日本や英国のように高い。それでも線路を渡るのは踏切で、先端にあるスロープを降り、機関車の前を横切って駅舎へ向かう。935km、17時間18分の旅が終わった。
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